愛媛県に行ってふと思ったのは虚栄心と群れ本能はサウナに必要ないって事を深く感じた。
ナニワサウナが良い例なのと廃サウナを巡る事。
特に廃サウナなんて発信したって誰が行くんだよって事。それで金儲けなんかできないし、その筋のプロでも見出す事が出来ない。(そもそもサウナにプロはいない。胡散臭い自称プロばっか)
要はサウナが本当に好きじゃないとそこまでの領域に辿り着けない境地だと思う(自画自賛)
俺からしたら清水寺とか法隆寺だって城マニアだって歴史上で学んだり、残ってるから観光資源の一つでホイホイ行くだけであってサウナが好きなら廃サウナを巡るのは当たり前の感覚だと思うのだが?
解明出来ないだけであって歴史上の神社仏閣だってその時代を体験していないのだから廃サウナを巡る事も俺の中では一緒の感覚。
#ただサウナの歴史は浅い
#昔のサウナに感謝の念を持たないと
#未来のサウナは語っちゃいけないよ
#これからはダンシャウナーの時代が来る
#ありのままで素でサウナと向き合ってる人
